
世界遺産「白川郷・合掌造りの集落」から車で約15分のところにある平瀬温泉「藤助の湯・ふじや」様。
ホームページ(以下HP)を最初に作ったのは10年前。新館ができる前でした。途中で小リニューアルをしていますが、本格的に全て作り変えたのは、1年半ほど前です!!
「HPを作り変えませんか?」とアビリティさんからお声をかけて頂きました。
あの時はとってもタイミングが良かったんですよ。ぼつぼつ作り変えなきゃと思っていた矢先でしたから・・・・・
岐阜県大野郡白川村平瀬325-1
平瀬温泉の宿の数は11軒。4~5部屋の小さい規模の宿ばかりですが、当時から「藤助の湯 ふじや」様は15部屋ありました。
平成14年11月に飛騨地方の民家を移築して出来上がった宿泊棟、お風呂、食事処の3棟を渡り廊下で結ぶ情緒豊かな造りの新館が完成しました。
ご覧のように旧サイトはFlash(動画)もなくインパクトに欠ける地味なHPでした。
(株)アビリティコンサルタントの活用ノウハウや、好成績の要因をお聞きしました。
【目次】
御母衣ダムの建設が昭和30年代初めの頃から始まりました。
私どもの旅館はその仕事に携わっている電源開発のお客様向けに料理屋を始めました。
昭和39年にダムが完成し、電源開発の社宅になっていたものを譲り受け移築したのが旅館の始まりです。
温泉は白山の麓に湧き出ていた温泉を引いて出来上がったのが平瀬温泉です。
現在、平瀬温泉は11軒(民宿)、その当時から当館は15部屋ありましたが、4~5部屋の小規模な民宿の宿ばかりでした。
いちばん盛り上がったのは高度成長期の20年前でしょうか、ガタガタ道でしたが、観光バスでお客様が沢山きました。
世界遺産になった平成7年12月頃から観光客が再び白川郷を訪れるようになりました。
リニューアル後の客室
本館は老朽化もあって床がミシミシ音がするといった苦情や、部屋にトイレがないと言った問題がありました。
部屋にトイレは必要最低限ないとダメと思っていました。
お客様を部屋にご案内したとき、「こんなお部屋」と言ったお客様の反応で、これでは無理と感じていました。
それから平瀬温泉に一軒くらいはきちっとした旅館を作らなければと思っていました。
平成14年11月に和室8室、和洋室2室、古民家特別室1室、総ヒノキ造り天然硫黄温泉、
男女別岩石露天風呂、貸切露天風呂の新館が完成しました。
それまでの客層とガラッとは変わり目の肥えたお客様が増えました。
関西圏が70%ですが、最近は関東からのお客様も増えています。
HPは10年前に知り合いの旅館様の紹介でつくることになりました。(弊社作成)
まだその頃は本館のみでしたね。私もよく覚えています。
当時からHPのページ数も多くてかなり丁寧に作って頂いたと思っています。
新館を中心としたHPに作り変えたのは平成19年でした。
左から・藤助の湯 ご主人、女将さん、弊社会長 広野
そろそろHPを作り変えなきゃと思っていた矢先に御社から電話を頂きました。本当にタイミングが良かったですね。
実は私は和風旅館がインターネットから申し込みを受けることにかなり抵抗がありました。
お客様とは電話で丁寧に対応した方が心が伝わって良いと考えていましたから。
特に予約システムは管理できないからダメと思っていましたが、御社のスタッフの強い勧めで予約システムを取り付けましたが本当に良かったと思っています。
HPからの反応はHPをオープンしてからすぐにありました。
HPからお客様が来るということがわかってきました。本当はあまりHPからお客様が来るという意識がありませんでしたので驚きです。
HPから予約する場合はまず、お客様は空き情報を見て次の日に予約となるのですが、予約システムがついていることで、リアルタイムに予約が入ります。お客様の取り逃がしがなくて済みすごいシステムだと思いました。
それで一挙に30%売上がアップしたのです。うちのお客様はリピート客が多い宿ですが、そこにネットからのお客様も入って来たのでとてもあり難いです。
藤助の湯 ふじや様
HPのアクセス数は1日約250件あります。
以前と比べるとすごい数になりました。
HPからの反響がとても大きいので、プランを工夫するようになりました。
短期的なプランや季節にあったプランをバランス良く掲載するようにしました。
うちは季節毎に来て頂くお客様や、毎月来て頂くお客様などリピート客中心
の宿でしたが、ネットの影響で今まで来て頂いたことのない新規のお客様が
増えてとてもあり難いと思っています。
これからも頑張って行きたいと思っています。